七夕と満月
昨日は七夕。
天気予報が外れて晴れたので、外で原稿を書きたくなって、年間パスポートを持っている六義園へ。
すると、飾り付けされた笹が何本も並んでいた。
「○○ちゃんとたくさん遊べますように・・・」
「クロールで50㍍泳げるようになりますように・・・」
短冊はこどもたちが書いたようで、七色の紙が風でヒラヒラと翻る様は、やっぱいいもん。
短冊を掛ける笹や竹は、正月に飾る角松のように、もともと神が降り立つ拠り所とされてきた神聖な植物。今は短冊になっているけれど、古来は、五色の糸を垂らしていただけだったとか。「願いの糸」と言われて、糸に手を触れて願い事をすると3年以内に願い事が叶うと言われていた。それが、江戸時代のころから短冊に和歌などを書くようになって、今の形になった。
今、伝統って頑なに「変わっちゃダメ!」という意識が強いけれど、どれも時代に応じて変わるのが常だった。まあ、そこにも「変わらない」パワーと「変わる」パワーのせめぎ合いはあったんだろうけど。んでも、こういう民間信仰のようなものって、もっとユルユルでおおらかだったんだろうな・・・。
なんて思いながら閉園ギリギリまで執筆に勤しみ、夜になると、空にはおぼろながらに、大きな月が登っていた。
しかも、満月!
空が多くて天の川は見えなかったけど、こんな日は外で寝たいくらい、なんかなんかがあちこちに満ちている。
こどもの頃は、まん丸い月を見ると、自然に涙が出ていた。
悲しくもないし、きれいではあるけれど、感動とも違う・・・。
満月は大潮だから、体内の水分も溢れだしちゃうんだろうか?
今じゃ、涙は出なくなったけれど(じっと見るとヤバイかも)、満月の夜に、空に突き出した岩山のてっぺんで、月を眺めながら寝るのは、今でもひとつの夢だす。
そしたら、また、泣くかな?
喜びも痛みも、なにも伴わない、涙。
どうにも説明がつかない。
けど、感覚として、揺るぎなく残っている感覚。
次の満月は8月6日。






最近のコメント