植田正治+小泉八雲な『つゆのひとしずく』
「つゆのひとしずく」という映画(画ニメとも言ってる)があるらしい。
”Ueda_cho”の独特なスタイルでフランスでも知られている、写真家、植田正治の写真と
”怪談”でおなじみのラフガディオ・ハーン、日本名、小泉八雲の文(言葉)。
そして、監督は、冬彦さんで有名になった(?)佐野史郎。
3人に共通するのは、山陰だ。
植田正治は、鳥取出身。
小泉八雲は、日本に来て、教師として最初の赴任先が島根の松江。
佐野史郎は、松江出身だ。
植田正治氏は、独自のモダニズムを作り上げた写真家(みんな知ってるよな)で、都会には出ず、生涯、鳥取や山陰という血統の地で、それを追い求めた。
砂丘の写真集が有名だけれど、個人的には「童暦」という写真集が好きだ。山陰の子供たちを中心に10年以上(だったと思う)撮りためて作った一冊。被写体を演出することで、個人と向き合うスタイルが植田氏の真骨頂だと思うけれど、一般的に「童暦」は、その作品群の中で限りなくリアリズムに近い作品集といわれている。けど、それが好きな所以かも(笑。
とかく視覚的なはずの写真が、ただ、ひたすらに印象へと訴えかけてくる作品の数々。
初めて見た時は、かなり凹んだ(笑。
やられました。。。。。。
残念ながら、この写真集は絶版で、古本でしか出回っていない。プレミアついて手も出ない(涙。
それとは、まったく違うけど、去年出た「僕のアルバム」(求龍堂)も素晴らしい。これは、氏が亡くなった後、発見された’35~’50年代の奥さんを中心とした写真集だ。
オススメ。
一方、小泉八雲は、我が大学卒論のテーマだったお方。
英文学科だったんだけれど、なんとか国文学(の方が好きだった)をしたい一心で見つけた文学者。当時、埼玉県の川越に住んでいたのだけれど、市の第二公民館が、たまたま小泉八雲の家族が大宮に住んでいたころの屋敷(武家屋敷)を移築したものだった。その上、その年がたまたま小泉八雲生誕100年で、記念公演として、孫の小泉時さんが市立図書館に来られた。これ幸いにと、ご挨拶をして、ご自宅へも何度か通わせていただき、貴重な資料を見せてもらった。
もちろん、松江にも行った。
八雲の、影がありながら慈悲深く、切なげで温かい文を読み漁りながら、旧邸宅に通ったり、松江城の玉砂利を踏んで、外国人とは思えない日本への造詣の深さに唸った。
そこで書いた卒論は、ゼミの卒業パーティーで教授から「君のは論文じゃなくて、エッセイだね」と笑われた(笑。思えば、あの卒論研究は、今の自分に繋がる直接のきっかけだったのかもしれない(中学の時に妙な時代小説を書いていたが・・・)。
このふたりが合体したとのなると気になる。
佐野史郎さまは、よくわからないけど、どこか妖気染みたものを感じるし、オモシロイかも(笑。
ああ、山陰に行きたいな。「だんだん」で盛り上がってるし(笑)、アメリカの日本庭園雑誌が選んだ日本一の庭園がある足立美術館もある。たしか、あそこには大観の絵があったのではなかったっけ?
まずは、ツタヤでチェックか。
あるかな?
ついでに、植田正治氏が亡くなる3ヵ月前に撮影されたという、写真家大橋仁氏との映像も(part1,part2に分かれてます)。
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